今思ってること、やりたいことを書き出してみました。
ちょっと勢いで書いたのでおひまがあれば読んで下さい。

 

ものづくりが、マニュファクチュアリングに始まる効率化に進んだために、ものは安く簡単に手に入るようになった。けれど、ものを作る人とそれを欲しがる人の間に壁を作ってしまった。
ほしいものはあるものの中から探す、つくるものは誰が使うともわからない。
もちろんそういった大量生産品で生活が成り立っているし、そういったものづくりはなくてはならない。
でもそれで、自分たちの生活、文化がみんな同じものに染まるのは幸せなのだろうか?誰かと同じものに囲まれ、身を固めているのは没個性的で自分の存在も薄くなってはしまわないか?
(もちろん世の中には既製品でも数限りない多様性があるので少しいいすぎではある。)
 

例えば人との会話でもテレビ番組の話だけだったり、会話のネタのためにテレビを見たりなんかして。
そういう誰かが作ったもので満足しちゃってて、もしくは誰かが用意したものを所有するしか方法がないと思い込んでる人は多くてすごく残念に思う。自分が楽しいと思うものはだれかに合わせたりするんじゃなくて、自分だけのものを探したり作ったりしないといけない。
僕も最近までは用意されたものしか持てないと思い込んでて、それというのも育った環境で周りにいた人がそうだったからだし、とくに子供の輪の中だとアニメやゲームの話ができることが優位になる社会だから積極的に消費に走るんですよね。

 

そんな、消費こそがステータスになる社会がおかしいと思うようになったのも、好きなものを作って人に見せるようになったのが大きな要因です。買えば手に入るもののほかに、自分でつくらないと存在しないものを手に入れるという選択肢ができた。つくることを楽しみとしたコミュニティに触れたり、それぞれが個性あるものをつくって、優劣つけないでお互いに尊重しあえる場所があることを知った。ありきたりなものがつまらなくなってしまって、何時の間にかテレビ番組なんかの話しかしない輪が苦痛になってしまったんです。
それと同時に、消費こそがステータスな人が現に工学部を出てメーカーで開発していたりするのに違和感と危機感を感じました。メーカーの外ならともかく、メーカーの中の人なのに作ることに目的もモチベーションも持たない人が少なくないんじゃ大手メーカーのものづくりもダメになっても不思議じゃないなとおもったのです。

 

僕が会社の外で自主的にやっている創作活動のモチベーションは、自分がそれを欲しいから。
多くの人にも同じように、ほしいと思ってるものが自分で作れることに気づいてほしいし、それをモチベーションに生活に創作活動を取り入れてほしい。たくさんの人が自分のほしい形を表現できるようになったらきっとすごく楽しい。そのためのきっかけになるようなことを提供していきたいと思っています。

 

ものをつくるプロセスを通してつくる楽しさを伝える活動がしたいのです。
つくる楽しさというのも、ひとによってさまざまで、次のように認識してます。
1. 欲しいものが手に入る:僕の創作のモチベーションです。自分が考えたものが形になるのは楽しいです。
2. 手作業をする楽しさ:手芸などで単純作業に夢中になるかんじです。料理でもよくあります。ストレス発散に近いかもしれないです。
3. 達成感:1とも2ともいえるのですが、多少なり苦労してつくったものがいい出来だと、満足感もひとしおです。
4. 他の人に見てもらう:つくったものが他人から評価されるととてもうれしいです。
僕としては、この1と4あたりを伝えたいなと思っています。
みんなで同じものを作っているけど、少しずつあるいは大幅にその人のオリジナリティを織り交ぜたものを作る。
できたらみんなで見せ合う。
それができるという点で、いまやっているワークショップはありなのかもしれないとおもっています。
ただ1回の人数が多く出来なくて効率がよくないのと、その後参加した人がものをつくることに興味を持ってもらえたかは確認できてません。
そこは活動を続けながら考えていきたいと思っています。

 

これからもよろしくおねがいします。

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